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ドライブストーリー

Vol.1 はじめて友人の前で泣いた日

「えっ・・・」。

彼女は少し目を見開いてそうつぶやいたあと、寂しげに肩を落とした。短い沈黙を経て独り言のように言った。

「いつも、そうだね・・・」。

3年付き合った恋人と1カ月前に別れたことを私は彼女に告げたときのことだった。彼女とは中学、高校といっしょで、まもなく高校の卒業式を迎える時期だった。

「受験でばたばたしていたから、つい、言いそびれた」。

「・・・うん」。

「もう、すっかり、平常心。大丈夫だから」。

彼女の表情を心配している様子に捉えた私は慌てて付け足した。「そう」と短く彼女は言ったあと、話題を変えた。彼女はそれ以上何もそのことには触れなかった。

彼女は高校を卒業して社会人になった。私は大学進学を選んだ。彼女と共有する時間は少なくなったが、会うといつでも学生時代から続く、空気があった。

私は彼女に4年遅れて社会人となり、そしてひとまわり離れた恋人が出来た。当時は恋人との終わりを想像するだけで涙が出るほど、恋に恋をしていた。ところが付き合って半年過ぎたころ、突然、終わりを迎えることになる。

いつものように恋人と一緒に食材を買いに行き、いつものようにふたりでキッチンに寄り添い料理をした。おいしい料理とは誰と食すかが大事なのだと、幸せな気持ちに包まれて食事を終えたときだった。

「別れた妻とよりを戻すことになったよ」。

一瞬、恋人の言葉の意味が分からなかった。

「ごめん」。

目の前にこうべを垂れたわたしの恋人が言う。

「ごめん」。

再び、同じセリフが空を舞った。

「どうしても子供とは離れられない」。

目の前の男が泣きながら言った。

 

どうやって恋人の家から出てきたのか、はっきりと思い出せない。我に返ったのは、最終電車のガラス窓に映る、無表情の自分の顔を認識したときだった。電車が終点につく。そこから自宅に帰るには乗り継ぎの電車に乗らなくてはならないが、すでに乗り継ぎの電車の最終は出たあとだった。どのみち、そこから先は前に進めなくなっていた。私が唯一したことは、握り締めていた携帯電話から電話をかけることだった。

 

1時間ほどして、可愛らしい真っ白なクルマが私の側に停車した。

「お待たせ、寒かったでしょう」。

私は彼女に導かれるまま助手席に座り、彼女の運手に身を任せた。

クルマはかろやかに走りだした。「元気だった? 仕事は順調なの? そうそう、この間、高校の先生に街で偶然会ってね」、彼女は私と会っていない間の話をしはじめた。私は時折、頷いた。

高校を出てすぐに就職した彼女は、一人暮らしを始め、しばらくしてクルマを買った。はじめて彼女が運転するクルマに乗せてもらったときは、同級生の彼女が社会人の先輩に思えとても頼もしく感じた。いまも、そうだ。とてつもない孤独の闇から一筋の温かい光が、暗闇に落ちている私を救い出してくれているように思えた。

いつのまにかクルマは高速道路を走っていた。どこに行くのか、尋ねようとしたが、その言葉を飲み込んだ。いまは彼女に身をゆだねることがとても心地よかった。カーステレオからは学生時代から彼女が好んで聞いていたボサノバ系の音楽が流れていた。

高速道路を降りて、しばらく走ると少し潮の香りがした。窓の外に目をやると薄暗い外灯に照らされた倉庫が立ち並んでいた。倉庫の間の道抜けると、ぱっと視界が開けた。

船が停泊している、港だった。昼間とは違い暗い海をオレンジ色のライトが照らしていた。

「家に帰る前に、ときどき立ち寄るんだ。私の穴場スポット」。

彼女はそういいながら、高速道路を降りて立ち寄ったコンビニエンスストアで買ったペットボトルに入った紅茶を私に手渡した。

「一人で来るの?」

「うん、なんとなく、リセットしたいときにね」。

彼女との付き合いは長いが、いつも仲間と楽しそうに過ごす彼女にも、孤独な時間があることを私は改めて知った。

「ごめん。こんな深夜に呼び出して。明日も仕事なのに」。

私は声をしぼるように出した。

「・・・・・・。正直に言うと、嬉しいんだ、私。いま言うのは不適切かもしれないけれど、10年付き合って、初めてでしょう? 頼ってきたの。いつもいつも、あなたは事後報告ばかりだったから」。

「えっ・・・?」

「いつも私ばかりが、泣きついたり、愚痴を聞いてもらうばかりだったでしょ。高校の卒業間際のときもそう。ひとりで全部キレイに解決しちゃったじゃない。それはそれでカッコイイことかもしれないけれど、もっと頼ってほしいなっていつも思ってたよ。信用されていないのかな?って思ったこともある」。

「まさか、信用してるよ」。

「あのね、ともだちって、迷惑かけてなんぼなんだよ。もっと迷惑かけてよ」。

凍りついていた心が解き放たれて、私はポロポロと涙を流した。続いて急き込むように恋人との話をした。出会いから、今日あったことまで、私はすべてを知ってもらいたくなった。

彼女は車内にあったティッシュボックスからティッシュを自分用にとると目頭をおさえたあと鼻をかんだ。そして私にもボックスからティッシュをとるように促した。

夜明けが近づいていた。

もう、恋人のことは追わないし、責めない。だけど彼女がいなかったら別れ話をした恋人の前に再び顔を出し、醜態をさらしていたかもしれない。恋人はもう、私の側にいないのだ。

そのかわりに生涯付き合っていく、無くしてはいけない友人の存在を改めて強く知った。

Story by mari
Text by Yuuki Masa
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